2つのお祝いから始まった資格取得の道:パパはさらなる難関を目指す

    本ページは英語ドキュメントを翻訳したものです。

     


     

    2つのお祝いから始まった資格取得の道:パパはさらなる難関を目指す「シスコ技術者認定に初めて合格した日のことは決して忘れません」Jesus Merchan Reina 氏は述懐します。「私の人生にとって本当に重要な一日だったからです」。それは親なら誰でもとても大切にしたい一大イベントでした。「試験日がちょうど娘の初めての誕生日だったのです。その日、娘は1歳になったのです」。どちらも人生の重要な節目となる出来事でしょうが、この日を忘れてしまう心配はまずなさそうです。そのことが Jesus には妙におかしく思えるのでした。

     

    「その日は私が受験できる唯一の日だったのです。ハードな業務から離れられるのはその日だけで、選択の余地はありませんでした。娘の最初の誕生日というだけでなく、ドイツから家族を迎え入れるまさにその日でもあったのですが」

    「さらに辛いことに、私の体が空く唯一の時間はお昼だけという状況でもありました。試験は午前と午後に分かれていて、丸一日かかったからです。当日の朝はリラクゼーションを実践したり、知識を復習しなければならなかったので、娘と過ごす時間などありませんでした。それでも、こうした苦難は報われました。1000点満点中956点という高得点が得られたのです!」

    Jesus と家族は当時ロンドンに住んでいて、その日の天気も忘れがたいものでした。「バス停から試験会場まで歩いたときのことを今でもよく覚えています。とても暑かったのです(ロンドンではきわめて稀なことです)。ひどく汗ばむほどでした。」

    「試験が終わって家に戻るときにはさらに暑くなっていましたが、誰がそんなこと気に掛けるでしょう?急いで飛んで帰らなければなりません。本当に幸せな日でした。帰宅してみると、娘のバースデー・ケーキはすでに準備万端でした。後はキャンドルに火をともすだけです。それはまるで誕生日を迎えた娘だけでなく、シスコの認定試験にみごと合格した私をも祝福してくれているかのようでした」

     

    シスコ技術者認定を目指して

     

    Jesus には 20 年以上にも及ぶ情報技術分野でのキャリアがあり、アメリカでクルーズ船に関連する仕事に就いていましたが、シスコやネットワーキングに関心を持ったのは比較的最近のことです。彼が CCNA コースを受講したのは、2013 年になってからです(「ちょとトロかったかもね」と自嘲気味に語ってくれました)。


    ネットワーキングやシスコ技術者認定に至るまでの自らの道程を振り返ってみることは、成功を収めた多くの IT プロフェッショナルにとって最も甘美な追憶のひとときです。その道程はそれぞれさまざまであっても、彼らが出会った数多くの困難、偶然の出来事、障害、選択の時などは、すべてがその輝かしいキャリアに刻まれた道標に他ならず、驚きの念を持って回想されるに違いません。何が彼らをこれほど長い旅に駆り立てたのでしょう?しかも、振り返ってみれば、いつも明らかに正しい道を選択できていたのです。


    不思議に思われるかもしれませんが、それこそが Cisco トレーニングの強みであり、優れた柔軟性と有用性の証なのです。キャリアの地平線は常に輝かしく、チャンスに彩られており、今こそ認定資格を目指して進むべきときだと、誰かが決意する瞬間を静かに見守っています。それはエキサイティングな日々の始まりでもあります。人生も仕事もその人にしか扱えないさまざまな難題や停滞をもたらすからです。認定資格取得の旅路は決して単調ではありません。高速道路のような道ばかりではないことを思い知らされる人もいます。


    渋滞や回り道:石ころだらけの道もある


    資格取得を目指した Jesus は、困難にも前向きに立ち向かい、また手応えも感じていましたが、それでもさまざまな障害に直面しました。「楽しかったですよ」、彼は回想します。「受験の予定を入れて、学習の進捗も申し分ありませんでした。自分の研究室も持てました。でも…」。条件の良い仕事という思わぬ形で回り道が出現しました。素晴らしいチャンスを手にしましたが、仕事の負担も増大しました。「長時間の残業が求められる仕事でした。一日が終わると疲労困憊していて、勉強どころではありません」。仕事と家庭生活の両立。ここまではよく聞く話かもしれません。そこにさらに試験勉強が加わるわけですから、大変なプレッシャーです。自分の人生を振り返ったときに、自ら驚嘆の念に駆られるのも当然だといえるでしょう。


    「本当のところ、その仕事に就いてしまったことは人生で最も悔やまれる選択の一つです。ネットワーク エンジニアになれたかもしれなかったのに。それどころか、CCNAの教官からは教える側にならないかとも言われていたのに、これもまた(悔やまれることに)蹴ってしまったのです」


    「無理はしない」。大事なのは着実な進歩だ


    資格取得を目指したのはよかったのですが、すぐに彼は自分がやろうとしていることは実際は回り道であり、最も大事な最終的な目標から離れてしまうかもしれない、と考えるようになりました。「昨年のことですが、もう無理はしない、まず CCENT を目指そうと決意しました。娘の初めての誕生日に ICND1 に合格したのはそんな経緯があったからです。そう、私はとにかく先に進むべきだと決意したのですから、何があっても試験に合格してやるつもりでしたよ」


    Jesus は続けてすぐに ICND2 の準備に取りかかりました。「ところが自宅の売却や海外移住の手続きなどがあって急停止を余儀なくされました。ICND2 の勉強を再始動できたのは、本当に一ヶ月前くらいからなんです。試験勉強が進んで知識が増えていくのを実感できて本当に幸せです。それでもなお、自分は実際に何をすべきなのか明確に分からないまま人生を無駄に過ごしているのではないだろうか、と感じることもあります」

     

    Jesus の人生を決めた子供時代


    「私はシドニー生まれで、テクノロジーに関することなら何でも大好きでした。私はひどい喘息持ちだったので、両親は…どちらもスペイン人なのですが、12歳のときに私を祖父母が住むマドリッドに移住させたのです。空港で、出発直前でしたか、父は私に一冊のコンピュータ雑誌を手渡しました。表紙には "ウォズが帰ってきた!" という見出しがありました。問題の記事はもちろん、アップルの共同創立者であり当時スティーブ ジョブズの親友の一人であったスティーブ ウォズニアックを取り上げたものでした」

    「今の自分を形作る大きなきっかけになったのが、二進法に関する記事でした」。シドニーからマドリッドまで、初めて家族から離れて一人っきりで二日間の飛行機の旅をする間、Jesus は二進法について学び、実際に二進法を使って頭の中で足し算と引き算ができるようになりました。「それが私にとって初めての IT との出会いでした。12 歳のときです」。

    「その後、マドリッドで暮らしていた私は、15 歳のときに、高校のコンピュータ サイエンスのクラスに編入することが認められた数少ない生徒の一人になりました。そこでコンピュータの基本的なハードウェアやプログラムについて学びました。まだ 5 インチ フロッピー ディスクの時代でした」

    「18 歳のとき、私は "オフィマニカ"(オフィスのためのコンピューティング)というコースを受講しました。WordPerfect、DBase III+、Lotus 1-2-3 といったソフトウェアについて学んだのです。成績はクラスでトップで、大好きな科目になりました。それでもっと学びたいと思ったのです。ところが、個人的な事情がありまして、しばらくの間コンピュータに触れる機会を失いました。1996 年にようやく自分の PC を購入することができました。ゲームが正しく動作するようにあれこれ試行錯誤するうちに、Jesus はパソコンにすっかり習熟し、隣人や友人にアドバイスできるほどになりました。

     

    「そうするうちに、私は再びコンピューティングを学びたいと思うようになり、マドリッド市が主催していたコンピュータ ハードウェア/メンテナンスのコースを受講することができました。現在の A+ のようなものですね。これは 4 カ月間ほど続きました。その直後、さらに私は Visual Basic 5.0 の使い方を学び、初めて IT 関連の仕事に就くことができました。マドリッドにあった銀行のヘルプ デスクの技術担当者になったのです」

    新たなチャンスを目指し海を越えて世界へ

     

    マドリッドから南アフリカに渡った Jesus は、南アフリカ醸造社の上級技術者として働くことになりました。「そこで初めて Microsoft のコースを受講しました。Cisco のスイッチに出会ったのもその頃です。それでネットワーキングについてもっと学びたいと思ったのです」。9 年余りの間、クルーズ船のシステム管理者として働きました。そのときに、船のスイッチにアクセスし、変更を行うために、初めて TACACS+ を使用しました。

    2012 年になる頃には、Jesus はロンドンに移住していました。「一年の大半を離れて暮らすのはもう嫌よ」という妻の願いを聞き入れたためです。こうして Jesus が CCNA コースの受講を決意する瞬間がもたらされたのです。「教材は素晴らしいものでした。実習用に 3 台の 1841 ルータと 3 台の 2950 スイッチで構成された実習用キットを購入して自宅に設置しました。2013 年の中頃に CCNA コンポジットの試験を受けるつもりで準備に取りかかりました」

     

    ところが、Jesus はロンドンの金融街で上級 IT アナリストとして激務をこなさなければならなくなり、試験をキャンセルせざるを得なくなりました。「長時間労働で週末もほとんど出勤でした。でも、今になって思えば、少なくとも試験は受けてみるべきだったと後悔しています。落第するのが怖かったんだと思います。ショックで自分がどうにかなっちゃうんじゃないだろうかと思ったんでしょうね」

    マネージド サービス プロバイダーでさまざまな職務に就いた後、Jesus はオーストラリアのパースに移りました。そこで再び Cisco の認定プログラムに本格的に取り組もうと決心したのです。「現在はオーストラリアにいます。ICND2 を受験できる日が待ち遠しくてしかたありません。CCNP R&S か CCDA のどちらかに進めますからね。どちらにするかはまだ決めていません」

     

    「オーストラリア西部は今、有能でしかるべき資格を持ったネットワーク エンジニアは引く手あまたという状況です。新しい採掘抗が続々と建造されつつあるからです。CCNA を取得できたら、安定したネットワーキングの職を見つけて、育ち盛りの子供を養うのに十分なお金を稼ぎながら、キャリア パスをさらに切り拓いていきたいです」

     

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    Linda Boroff
    はテクニカル/マーケティング・ライターであり、ネットワーク セキュリティ、解析、仮想データ センター、SDN といった分野における 10 年以上にも及ぶ実務の経験があります。

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